社長の呟き 2022年2月号「コロナ禍の箱根駅伝」

はし休め

日本橋倶楽部会報2月号(第510号)

【 二月号】

「コロナ禍の箱根駅伝」

昨年に勝る沿道観戦者の盛大なる応援の中、第98回箱根駅伝が1月2、3日にかけて行われた。毎年、小欄も復路10区の日本橋へ応援に駆けつけるが、本年は主催者の新型コロナウィルス”感染”拡大の中”観戦”自粛の要請にもかかわらず、三密を越えた”箱”詰め状態であった。古代ギリシャ ”マラトンの戦い”で伝令・ピリッピデスは勝利を伝えるや否や心臓が破裂し、息絶えたと言われる。日本橋をトップで渡りきる駅伝選手はこのピリッピデスを彷彿させるが、同行車から逐次順位やタイムを伝えられる現代ではドキドキすれど破裂することはない。しかし翌年シード権の10位以内に入る為、心臓が千切れるような熾烈な争いが展開されるのは橋を渡って、左折してからゴールまでの1キロメートルである。箱根駅伝・復路は「名橋・日本橋保存会」の嘆願により1999年(平成11年)の第75回大会からこの国の重要文化財を渡るコースに変わった。現在、橋の北詰めは野村證券を中心とする大規模開発の真っ只中、街並みは変われど当時あった東急百貨店や西川蒲団店を思いだしながら橋を渡ると、極寒の二月でも若者たちの足音と熱き吐息が迫ってくるようで心温まる。 小堺