ふるさと食文化の旅:大阪

大阪

大阪府の中心である今の大阪城の位置は、仁徳天皇以降である。近代の大阪の歴史は、1583年に豊臣秀吉が大坂城を築いたことから始まったといわれている。すなわち、豊臣秀吉により政治・経済の中心地として栄えた。「大坂」が「大阪」に変ったのは明治時代になってからである。昭和天皇の即位の御大典を祝って、多くの市民の寄付で大坂城の天守閣が再建された。大阪府は47都道府県の中で2番目に狭いが、東京に次いで人口が多い。人との触れ合いの密な地域であり、ここから大阪人特有の気質が生まれたのではないかといわれている。狭い土地で体裁を気にしながら見栄を張って暮らしていたのでは息が詰まってしまうので、お互いが気持ちよく生活するために、日常生活は本音で話し、困った場合でもジョークをいえるという明るい気質である。大阪府の堺は戦国時代から貿易港であり、海外から多くの貿易船が寄港していたので商売の街として発達した。

郷土料理

魚

大阪府は、瀬戸内海に生息している魚介類に恵まれている。かつて、サバを使った「船場汁」は大阪商人の代表的な料理であった。サバ・ブリ・カツオなどの魚と大根などの野菜の煮込み料理で、栄養的には優れた料理である。
ハモは大阪の人達が好む「うどんすき」の具に使われる。大阪の「うどんすき」は太めのうどんにハモのほか野菜・湯葉などを使う。

肉

大阪の庶民的な郷土料理に「たこ焼き」「お好み焼き」「ホルモンの煮込み」がある。「ホルモンの煮込み」は、牛や豚の内臓を醤油や味噌仕立てで煮込む料理である。「ホルモン」の名の由来は、「放る部分」の意味の大阪の言葉「放るもん」が訛って「ホルモン」となったといわれている。内臓には重要な栄養素が豊富に含まれているから、人の健康に重要なホルモンに結びつくところがある。

野菜

「なにはの伝統野菜」の「大阪シロナス」は、江戸時代から天満橋附近で栽培されていたもので、お浸し・煮物・和え物にして食べている。明治時代から大阪に導入した野菜は多い。
野菜を多く使った食べ物に「ねぎ焼き」というお好み焼きがある。キャベツの代わりに刻んだ長ネギをたっぷり入れたもので、「医食同源」を実感する食べ物である。

伝統料理

魚すき

「沖すき」ともいわれている。江戸時代に発達した料理で、食べ方は関東地方の寄せ鍋に似ている。瀬戸内海でとれた新鮮なブリ・マダイ・サヨリ・ハモ・サワラ・イカ・ハマグリ・エビなどが使われる。野菜は白菜・椎茸・ネギなどいろいろな野菜が使われる。醤油仕立ての汁で煮込むのが多い。

行事食

岸和田のだんじり祭り

「だんじり祭り」は、9月中旬に行われる。岸和田から離れて生活している人々もこの日には岸和田に戻り、祭りに参加したり見物する。この祭りに欠かせないのがワタリガニ料理である。ワタリガニを茹でて2杯酢で食べる。カニ料理が欠かせないことから「カニ祭り」ともいわれている。

食のこぼれ話

大阪の人と「きつねうどん」

大阪では「きつねうどん」のことを、「ハイカラ・ケツネウドン・信田」ともいう。きつねうどんは大阪を代表する庶民の食べ物である。
明治26年(1893)に、「松葉屋」といううどん屋の店主が、うどんに油揚げをのせた「コンコンさん」という種物を考案したのが「きつねうどん」の始まりといわれている。湯通しして油抜きした油揚げは、醤油・味醂で甘く煮込む。油揚げは切らずに大きいままで2枚載せるのが、大阪の「きつねうどん」である。