社長の呟き 2015年1月~12月号(日本橋倶楽部会報”はし休め”より)

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報1月号

[1月号]

「三 三 三 一」

倶楽部の大先輩S理事から手締めの一本を「十〆(とじめ)」と呼ぶと教えられた。「三 三 三 一」と十回手を打つのを一本と数え、三の三倍の九という字の真ん中に一を加えてはじめて「丸く」治まる。また一回だけ手を叩くのは決して一本ではなく「一丁〆」であると。中締めで「関東一本締め」などと言いつつ、一丁〆をしてしまう光景に良く出会うが、知らぬこととはいえとんだ恥をかくことになる。古くから日本橋には本町三本締めがある。つまり丸が三つ、三十回も手を打つ。最後のほうには皆の気持ちが合ってくるから不思議なものだ。因みに外神田の練成中学校跡にできた文化芸術施設「ちよだアートスクエア」は何と粋に「アーツ千代田3331」と名付けられ、先に一本取られてしまう。会員諸兄も新年から手締めを頼まれる機会が多いと思うが、ここは手が痛くなろうとも十〆をとお願いしたい。

それでは今年もよろしくご愛読のほどを。シャン・シャン・シャン!失礼、三丁〆となってしまった。     小堺裕一郎

 

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報1月号

2015年1月22日

[2月号]

「1000 Awesome things」

カナダの青年、ニール・パスリチャが作成した「1000 Awesome things」は世界一のプログ賞を2年連続で獲得した。「Awesome」は「素晴らしい」という意味で最近若者に多く使われる英語であるが、辛く過ぎ去る日々にも小さな嬉しい出来事を一つ一つ見つけ、1000からカウントダウンして書き込んでいくと、とても幸せな気持ちになれるとういうブログだ。これが自分ブログとして拡がっているそうだ。例えばコートのポケットから無くしたと思っていたお金が出てきた、朝のネクタイが一回で綺麗に結べた等々。つまり「徒然なるままに、電子機に向かひて、心にうつりゆく嬉しき事をそこはかとなく書きつくれば、あやしうこそ楽しけれ」と幸せな気分になれる。愚生にとって今年の初「Awesome」は疲れ果てて俱楽部に辿り着いた時「NバーテンダーとN澤さんが優しく微笑みかけてくれた」こと。今年の倶楽部にはどんな素晴らしいことが待ち受けているのだろうか!  小堺裕一郎

 

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報3月号

[3月号]

「涙が癒す」

涙は「悲しみ、怒り、悔しさ、痛み、喜び、感動、笑い、あくび」の時に出てくる。とくに悲しい時や嬉しい時、つまり感情が高ぶった時には大量に出ることが多い。その成分は98%の水、約1.5%のナトリウム・カリウム・アルブミン・グロブリン、0.5%のたん白質からなり、弱アルカリ性である。

生化学者のウィリアム・フレイ二世によれば感情による涙はその他の涙より高濃度のタンパク質を含み、感情的緊張によって生じた化学物質を体外へ除去するという。

とすれば、この成分を流し出して悲しみが癒されるなら大いに泣いた方がよい。

未だに行方不明者2,590名、5年目を迎える東北の地では一体どれ程多くの涙が流されてきたことだろう。  小堺裕一郎

 

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報4月号

[4月号]

「終着駅 両国 上野」

パリには終着駅が6つある。列車は郊外からそれぞれ方面別の駅に着くなり、始発として新たな乗客と出逢い本線へ戻って行く。

幼い頃、両国駅で蒸気機関車に乗り換え、千葉へ海水浴によく行ったことを思い出した。周辺には相撲部屋が多いが、ちゃんこ料理には決して地面に手をつかない二本足の鶏肉のみを使うというのはゲン担ぎ。房総方面からの終着駅であったため千葉県産の良質な鶏肉が両国駅に多く集まったことにも因るようだ。

先月上野東京ラインが開通し、宇都宮、高崎、常磐の各線で上野駅乗換えが無くなり便利になったが、ただの通過駅になってしまった。戦後の高度経済成長期、集団就職列車で郷里からの終着駅、そして人生の始発駅として上野駅に初めて降り立った世代にとっては淋しいことに違いない。  小堺裕一郎

 

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報5月号

[5月号]

「蝶々結びは誰から習う」

“蝶々結び”は母親から習った方が多いのではないかと思う。

ときおり自分の結び方に、後ろ脚の少し長いおふくろの味付けであることを自覚する。

あの日、暖かい縁側で背後から包むように結び方を教えてくれた母の指の温もりが甦る。靴を履くたびに亡き母を思い出すほど孝行息子ではないが、私の手元をイタズラっぽく覗き込む優しい笑顔が目に浮かぶ。

五月第二日曜日は母の日。電話やメールの向こうの顔を探ったり、思い出に浸りながら線香を手向ける方も多くいるだろう。

その点、 “蝶ネクタイ”の結び方すら知らない小欄は来月の父の日でも振込め詐欺すら縁がない! 小堺裕一郎

 

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報6月

[6月号]

「山高帽とステッキ 人形町」

山高帽とステッキ姿の英国俳優が愛してやまなかった明治20年創業の元祖お座敷天麩羅屋がかつて濱町にあった。大鳥居駅近くの住宅街にわけあって移転したその店を数年前に訪ねたことがある。コース料理の〆の頃、店内の写真に恐る恐る話を向けると寡黙であった老店主の口から写真の主と日本橋の思い出話が堰を切ったように流れてきた。1932年以来4回の来日の度に濱町の店まで訪れた大スターの日本贔屓は運転手として雇った米国移民の日本人の影響と言われている。のちに秘書にまで登りつめた高野虎市の献身的な働きはチョビ髭とドタ靴スタイルで人々を魅了し続けた喜劇王の心を捉え、帰国した元秘書に米映画配給会社・日本支社長の地位まで用意させた程であった。1971年虎市は広島で、チャップリンは1977年クリスマスの朝スイスにて永眠している。日本橋區濱町は、1906年竣工の初代日本橋倶楽部會館があった所。日本橋界隈と著名人、ちょっと迷い込んだ路地裏でさえ、あのステッキとドタ靴の音が聞こえるようで奥深い。            小堺裕一郎

 

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報7月号

[7月号]

「土用丑の日と鰻」

世間では土曜の夕食はビフテキかスキ焼が定番なのかと、幼い頃羨ましく思っていた。「土用丑の日」今夏は7月24日と8月5日と2回ある。そもそも夏以外にも「土用の日」があり、「土用丑の日」は年間数日あるそうだが、平賀源内の発案が功を奏したのか売れなかった夏に滋養供給で人気となり、本来脂の乗った美味しいはずの冬に売れなくなってしまったのは皮肉なことだ。鰻家が集中する浜名湖畔にある天然鰻のみの「さくめ」では “背を開き、蒸さずに焼いた”鰻を食することができる。武家の多かった江戸では切腹を嫌い、背を裂いて蒸し、関西は腹開きで蒸さずに焼く。この地域は丁度その食文化の境目のようだが、さすが美味い食材には色々な食し方があって嬉しい。

現在、絶滅危惧種に指定されてしまった鰻、店に入ってから価格を見て“ドウヨウ”しないようにと今から近大の“ナマズ” 蒲焼ならぬ固唾を飲んでいる。     小堺裕一郎

 

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報8月号

[8月号]

「八はハチでも」

八月は昔から「二八」(にっぱち)と呼ばれ、二月とともに商いが冷え込むと言われる。地獄の閻魔大王でさえ釜の蓋を開けて休むそうだが、口八丁手八丁、八方美人、 “8”は横に寝ても “∞”(無限大)などと数字は暑い。末広がりの“八”は富士山の姿に似て、日本人が好むのかもしれない。

太陽光は地球に届くまでに8分程かかる。この日射との闘いの舞台でもある夏の甲子園は第一回全国中等学校優勝野球大会から数えて100周年を迎える。球児達は今大会も “ハチ”切れんばかりの元気を見せてくれるだろう。

さて、お盆で自宅へ還られる物故会員には倶楽部バーまでちょっと寄り道して頂き、毎月“ハチ”まき姿で苦闘する小欄への助言もお願いしたいものだ。 小堺裕一郎

 

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報9月号

[9月号]

「目黒の秋刀魚は苦い?」

「秋刀魚」文字通りの体形を有するこの魚はたっぷりと餌を喰らい、産卵のため南下する途中、脂の乗ったその身を三陸で水揚げされる。

落語「目黒のさんま」に因んだ祭りが二つある。

「目黒のさんま祭り」(今年の開催は9月6日)は目黒駅東口の品川区側で宮古からの六千尾と徳島産のすだち一万個を、「目黒のSUNまつり」(同9月20日)は目黒駅西口の目黒区側の公園で気仙沼からの五千尾と大分県産のカボスを無料で振舞う祭りだ。秋刀魚は過去何十年も無料で産地から送られてきたが、東日本大震災の際、三陸のこの二市は被災しながらも絆を絶やさぬよう大変な苦労をして集めたと聞く。「さんま苦いかしょっぱいか」は佐藤春夫の詩だが、その年の秋刀魚はさぞかし苦く、涙味の利いたものになったことだろう。さて、今年も涙を煙のせいにして、殿はいざ目黒へ! 小堺裕一郎

 

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報10月号

[10月号]

「薬種問屋の町 本町」

「樂」は巫女が鈴を持って舞う姿。古代より穢れを祓い、霊を鎮め、疫病を祓う儀式は人々を「楽」にする重要なものであった。それらに使われた生薬は自然界に薬効を見出された植物、動物、鉱物由来のもの。とくに畑で計画的に育種することができる薬草は神の力を示威するために秘薬の如く扱われた。「樂」が草(草かんむり)を掲げてお祓いをすると「藥」・・・。これは全く小欄の戯言であるが、江戸時代に生薬は薬種問屋を通じて日本全国に瞬く間に流通していく。「三丁目 匂わぬ店が 二、三軒」という川柳があるほど、日本橋本町、室町、本石町三丁目には古くから薬種商が集まっており、大坂道修町とこの地域は東西の薬の発祥地と並び称される。例年10月17日(本年は16日)の「薬祖神祭」には毎年三千人ほどが参拝するが、来年より神殿が「福徳神社」と同敷地の鎮守の森の一角に遷座されるため、本年が現在の地では最後の祭事となる。続く19・20日の「べったら市」の匂いとは全く違う、かつて町中を覆いつくしていた「にほひ」に想いを馳せつつ、訪れてみてはいかがだろうか。     小堺裕一郎

 

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報11月号

[11月号]

「ユーモアのノーベル賞」

先月は生理学・医学と物理学、2部門のノーベル賞を日本人が受賞して大いに話題になったが、人々を笑わせ、考えさせる研究に与えられる「イグ・ノーベル賞」も10月に発表された。本家を上回る60人ほどの日本人が過去その栄冠を手にしているが、本年の医学賞授賞の木俣医師のテーマは「キスはアレルギー反応を和らげ、長い時間し続けると病気にかかりくい」という何とも嬉しいもの。

60年前の10月、24歳で駆け足の人生を閉じたジェームス ・ディーン、生きていれば素敵なキスシーンを魅せてくれたに違いない。

路チューは外国人や若いカップルだけの特権ではないが、違反切符も切られずに、アレルギーを克服できると“ジミー”になったつもりで、スキあらばキスに挑むと翌朝左頬を腫らすことになるかもしれない。11月22日はいい夫婦の日、この効能は是非ご自宅で検証されたい!  小堺

はし休め(編集後記)

日本橋倶楽部会報12月号(第436号)

[12月号]

「干支のこと」

本年も残すところ1ヶ月、喪中葉書が寒風とともに届く頃となった。来年は「申」年だが、干支の中で唯一「辰」が想像上の動物である。

動物は一般的に「匹」か「頭」、民話の中で竜も「匹」と数えられようだ。また兎は1羽,2羽と一見不思議だが、仏教で肉食が禁じられていた昔、許されていた鳥肉と同類として食することができるようにしたと言う説に納得がいく。少し“はずれる”が、ギャンブル好きは馬を1着、2着と数えるらしい。

小欄が今年、“羊が1名(メェー)・・・”と敬意を表していたのは不眠症であった為では無い。

さて猿は「匹」「頭」、どちらでも良いようである。来年も倶楽部では1宴(エン)2縁(エン)たまには艶(エン)と友を増やしていきたいものだ。どうぞ良い年をお迎えください。   小堺